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『ID:INVADED イド:インヴェイデッド』5話・6話:墓掘り事件のイド考察(後編)

あおきえい監督によるSFサスペンスアニメ『ID:INVADED  イド:インヴェイデッド』本編第5話と第6話で描かれた《墓掘り》事件の考察記事の後編です。

主に劇中の殺人犯の心理と、彼らの無意識の心象風景"イド"についての解釈を述べる記事になっています。ネタバレを含みますので、本編未見の方は第6話まで視聴したうえで本記事を読まれることをお勧めします。

 

 

 

前半記事では主に《墓掘り》実行犯・数田遥のイドと、彼の心理状態について考察を進めていましたが、ここから先は《墓掘り》教唆犯・井波七星のイドと、彼女の心理状態を主に取り上げていきたいと思います。では、早速はじめましょう。

 

 

七星のイドは『円環の世界』。彼女の殺意が形作る世界観は、円環のレールの上を走行する始まりも終わりもないウロボロス構造の電車が暗い森のなかで永遠に回り続けるというものでした。その不毛で停滞したイメージは、まるで悲恋物語の結末のような形で幕を閉じた今回の事件の中心人物であり、事の発端のようでもあった七星の、もうどこにも辿り着くことのできない心のありようを象徴しているかのようです。

今回のイドも随分と静かで落ち着いた舞台であり、酒井戸は危険な目にあうどころか、電車のなかで微妙な距離感を保つ幼い姿の七星と数田の仲を取り持とうとさえしていて、どこか和やかなムードすら感じられるようでした。イドのなかで七星は窓ガラスの反射越しに数田を見つめ、斜向かいの座席に座る数田とは決して直接目を合わせるようなことはしません。なんだかいじらしい振る舞いのように見え、酒井戸もついお節介を焼いてしまったようですが、七星はそれを疎んじます。彼女は実際のところ数田をどう思っていたのでしょうか。

まず、イドのなかにおけるこの二人の位置関係は彼女と脳機能障害を患う数田の共犯関係を暗に示しているのだと僕は考えています。衝動の反転によって愛情を自然な形で伝えることのできない数田の淡い気持ちを七星が汲み取るには、常に被害者の死がそこに介在しなければなりません。七星は愛情が"反転"した数田の殺意を通して数田の愛を視認し、イドのなかの七星は窓に"反射"した数田の虚像を通して数田を見ている。ということは電車内で二人が直接目を合わせることは、現実において七星が数田の殺意にさらされてしまうことを意味するのでしょう。

僕は前半記事で語ったように七星と数田は学生時代以降は疎遠となり、再び接点を持ったのは数ヶ月前のことだったと思っています。そこでどんなやり取りがあったのかは分かりませんが、人の生傷や死の現場といった"閲覧注意"メディアを好む七星のその嗜癖が、数田の愛情表現を受け入れる素地になったのは確かなようです。しかしそれだけでは二人の利害の一致、ある種の共生関係が伺えるのみで相思相愛であったかどうかまでは確認できません。そもそも七星が数田の求愛に何らかの形で応えても、愛情表現が殺意に反転してしまう数田にはそれ以上どうすることもできません。

でも、二人はそんな煮え切らない関係にとくに答えを出すこともなく、身代わりの犠牲者を増やしながら互いに一定の距離感を共有していました。七星のイドにおける彼女と数田の"車窓越し"の関係は、やはり数田のイドにおいても屋敷の内と外を隔てる窓越しの関係として維持されています。常人にはにわかに理解しがたい心の交感によって両者の関係は確かに保たれていたようです。しかし、小春が数田を刺し殺したとき、死に際に手を伸ばす数田に対して見せた七星の心のゆらぎは、イドのなかで保たれていた距離感がたった一度だけ綻びを見せた瞬間でもありました。

小春に刺された瞬間、例によってKILLとKISSを反転させて崩折れた数田。その光景を目にして殺意を爆発させる七星。最後の力を振り絞って手を伸ばす数田に、七星はためらいながらも応えようとする……。一見するとこの場面、思念粒子を採取するために前回から数田とのキスを告白して七星の嫉妬を煽ってきた小春に対し、他人が立ち入ることのできない数田との繋がりを、七星が女の意地で見せつけようとした……ように見えなくもないです。小春もそう考えたからこそ「そういうのってなんなんですか?  プライドとは言いませんよね?」と煽ったのでしょう。(いや、純粋に疑問だったのか?)

そんな女同士のマウンティングを裏付けるようにこの直後、数田のイドのなかで七星が"子供っぽく"ふてくされる様子が描かれます。しかし、本当にそんな痴情のもつれだけが七星を激情に駆り立てたのでしょうか。このときに検知された思念粒子が構築させたイドの様相からは、ありふれた女の情念とは程遠い、もっと陰気で仄暗い七星の病理が伺える気がします。そもそも七星が嫉妬心だけで殺意を燃え上がらせたのであれば、彼女のイドのなかに小春が現れないのは不自然な気もします。前半記事でも語ったように、いまのところイドのなかには必ず"被害者役"が存在しています。そのルールは今回のイドについても適用されていると僕は考えます。

では、踏切に並んでいた生き埋めの被害者たちのほかに、今回のイドのなかで七星が殺意を向けた被害者役がいるとしたら、それは一体誰なのでしょうか。真っ先にそれらしい人物として思い当たるのは、七星とともに電車に同乗していた数田です。嫉妬による彼女の殺意が数田に向けられた、というのはもちろんあり得る話ですが、ハッキリ言えば僕はその可能性に興味がありません。僕が興味あるのはそんな一瞬の衝動ではなく、七星の根底にある殺人欲の源だからです。もったいつけずに結論から言わせてもらうと、このイドのなかの被害者役とは数田と、七星自身であると考えています。そしてそのことは例によってイドのなかで死んでいたカエルちゃんが示していると考えています。

カエルちゃんがその都度イドのなかで殺されているのは、《名探偵》に謎を与えてイド内部での活動時間を稼ぎ、《井戸端》スタッフに事件捜査に有効な様々な情報を提供するためなのでしょうが、数田のイドのときみたいに殺人者の深層心理の解明に直結するような"気づき"を、視聴者サイドに与えてくれる効果もあると思っています。今回のカエルちゃんの死因は自殺。これと同じような光景を、視聴者はすでに別のイドで目にしています。小春のイドです。カエルちゃんが毎回、イドの主の符号化された殺意によって犠牲になっているのなら、このイドにおける七星の無意識の殺意は自分自身に向けられていると考えるべきでしょう。小春のときと同様に。

では、その死に数田の存在はどう関わってくるのでしょうか。カギとなるのはカエルちゃんが酒井戸を誘導して、二人の存在に気付かせた謎の行動にあると思います。これ、七星が無意識のなかで、自分たちの犯罪を明るみにしたいと思っていたことの表れではないでしょうか。そもそも二人はなぜ被害者のライブ中継をネットに公開したのでしょう。数田が七星にプレゼントとして生き埋め動画を贈るだけならその必要はないはずです。それでもネットに動画を公開したのは、事件を明るみにして誰かに犯行を止めてもらいたかったからではないでしょうか。それを示唆するように、七星は自らが管理していた生き埋め動画の元ファイルを潔く提示しています。

ちなみにあのときの状況を考えると、事件を終わらせようと観念していたのは七星だけで、小春たちを襲った数田は二人の共犯関係を最期まで維持したいと願っていたようです。このことは二人の気持ちにズレがあることを仄めかしていますが、では七星は数田のことを本当は疎ましく思っていたのかというと、決してそういうわけでもないように僕には思えるんですよ。例えばわざわざ興味のない相手に恋人がいるかどうか調べたりはしないという小春の推理、あれが正しかったとしたらどうでしょう。

数田とキスをしたと得意げに話す小春の挑発にムッとした表情を見せたのも、無意識のなかで数田が高校時代のイメージのままで住み続けているのも、それが愛情であろうと殺意であろうと死に際に手を伸ばすという数田の行動に応えようと手を差し出したのも、全ては本当に七星が数田に恋をしていることの証しだったとしたら。七星が数田の愛に応える方法はただ一つだけ、彼に殺されることです。七星が無意識のなかで本当に望んでいたのは身代わり殺人なんかではなく、自分が数田に殺され、数田が自分に殺されること。つまり"心中"だったのではないでしょうか。そして、このことを裏付けていそうなのが5話Cパートの七星と酒井戸の会話です。

「彼氏がいなくなって残念だね」

「別に。彼氏じゃないよ」

「でも、君のことが好きだったんだろう?」

「そういうこと言わないで。そういうこと言うべきなのは、彼本人でしょ?」

これ、数田の主観で構築されてるイドなんですけど、このなかの七星は数田の"言葉"を待ってるんですよ。おそらくそのような彼女の意思表示を数田は無意識で汲み取っていたのでしょうが、でも数田の愛情表現は何度も言うように殺意に交換されます。それを理解したうえで七星が数田の"言葉"を欲しているのなら、とっくに"覚悟"ができていたのは彼女の方なのかもしれません。小春と松岡さんに追い詰められて彼女が冷静な態度でいられたのも、その"機会"が訪れたかもしれないと考えていたからで、むしろあの状況で数田を追い詰めていたのは七星なのではないでしょうか。

とはいえ数田の命は狂気の片鱗を見せた小春によって奪われてしまいました。七星が数田とのあいだにどんな意味や結末を望んでいようと、それが果たされることは決してありません。イドのなかで直接向かい合うことはもう望めない七星と数田、二人を乗せてどこにも行けずに周り続ける電車は、今となっては独房のなかで死ぬことも生きることもできずに無為な時間を過ごす、そんな七星の停滞した心を写しているのかもしれません。

 

 

ところで、今回のイドのなかで走り続ける電車は七星の母親の自殺に関連したものであり、七星の狂気の原体験として無意識のなかに刻まれているようですが、このことが事件を唆す一方で事件を終わらせたいと考える、七星の矛盾した心理の土台になっているのではないかと僕は思っています。まず、人が死ぬところを見るのが嫌いだと内心では思っていた七星が、母親の死をきっかけにして真逆の嗜癖を持ってしまった理由ですが、それはおそらく"生の実感"でしょう。間近で人の死を体験したことによって、彼女は生者としての実感、自分は生きているという実感を強く意識し、そのうえ安心感すら覚えてしまったのではないでしょうか。それを暗示するのが、七星がイドのなかで朽ち果てた遺体たちと電車に同乗し続けていることです。

人の生傷や死の現場を収めた画像や動画を通して、七星は母親の死の現場で実感した生々しい命の感覚を追体験していたのかもしれません。というのもこの生の実感については他にも、《花火師》冬川が戦場で覚えた高揚感、花火師事件や墓掘り事件に見られる大衆の野次馬心理、殺人鬼《対マン》の殺害方法といった部分にも共通して潜んでいそうな心性であり、本作において重要な要素であるような気がするんですよ。なんなら漫画版『#BRAKE BROKEN』に登場する犯人の性癖にすら垣間見えるほどですし、同じく舞城脚本のアニメ『龍の歯医者』のなかでも一部のシーンで印象的に取り上げられていました。ひょっとすると舞城王太郎こだわりのテーマであるのかもしれません。

とまあ、それはさておき七星の話。彼女の狂気の起点が母親の死による生の実感だったとしても、まだ腑に落ちないことが一つあります。七星の心を歪めるきっかけを与えたのが、はたして彼女の母親である必要があったのかという点。死から生への相転移を経験するだけなら、そこで命を落とすのは赤の他人でも良かったはずです。それでも実の母親という悪趣味なキャスティングでこの悲劇をあつらえたのは、あろうことか母親の死によって歪んだ嗜癖に目覚めてしまったその事実について、七星自身に罪悪感を覚えさせるためではないでしょうか。

母親を轢き殺した電車に乗りながら心の奥底ではおぞましい高揚感に浸ってしまったことを、高校生の七星は完全には受け止めきれなかったのだと僕は考えます。そして、そんな彼女の無意識にある絶望や悲哀が、なんだかイドのなかでカエルちゃんの死を嘆く酒井戸の姿と重なる気がするんですよ。

「カエルちゃんは自殺した」

「この電車はどこにも行かない。ただグルグル回っているんだと俺に伝えるためだけに」

「カエルちゃんの死が、誰かの死が、そんなことのために起こっていいんだろうか」

この酒井戸の台詞は《カエル》という"記号"ではなく、その奥にいるかもしれない、"自分と同じように特定の役目を負って本来の意思とは関係なく、イドのなかで行動をコントロールされている誰か"に対して向けられた言葉のように思えますが、母親の死によって仄暗い快感を知ってしまった七星が無意識に感じていたことをも代弁していると考えるのは、突飛な発想がすぎるでしょうか。誰かの死が、歪んだ欲望なんかに気付かせるために起こっていいのだろうかと。

そういえば、イドのなかで事件の被害者たちが並んでいた踏切と母親の死の現場となった踏切は同じものでした。これは七星が無意識下で被害者たちと母親を同化していることを暗示します。彼女は被害者たちが死にゆくさまや母親の死を通して生の実感を得ていたと同時に、被害者にも母親にも、本当は死んでほしくなかったと心のどこかで願っていたのかもしれません。被害者のために酸素ボンベを用意したのは、生き埋めの様子をライブ中継したことと同じように、ただ苦しみを長引かせるためだけではなかったようにも思えてきます。

 

 

ちなみに、七星が高校生のときに数田に恋をしていたとしても、自分の嗜癖が妨げとなって彼女は恋愛という行為に躊躇いを感じていたのかもしれませんね。でも、そうやって相反する意識をずっと抱えたまま欲望と罪悪感の狭間で日々を過ごしていた末に、彼女は再び数田と出会ってしまった。脳機能障害を発症した数田は今や彼女にとって自分の欲望を究極の形で満たしてくれる存在です。抑圧してた欲望に歯止めが効かなくなってしまったとしても無理はないでしょう。

二人の関係はただの恋愛感情だけではなく、心の奥底にある欲望や狂気といった、仄暗い精神面においても結びついたことで、いびつな関係が保たれてしまいました。たとえ肉体関係を持たない「プラトニックでねちょねちょするだけ」のものであっても、七星がそのことを幸福なものとして受け止めていたのか、正直なところ僕には分かりません。ただ、事件後の取調べの際に小春のことを気にしていた彼女のなかには、よくある嫉妬心とは違った女の情念が伺える気がします。

数田にキスされたとはいえ、別に小春は保津に空けられた穴を通して数田と何かしらの特別な関係で通い合っていたわけではありません。その点において、少なくとも小春には立ち入れない狂気によって数田と繋がれていたことに七星は自得しているようです。なんともゾッとしますが、そんな彼女の根底にある世界観が、すべての歯車を狂わせる瞬間を先送りにして、ただ延々と淡い恋心に揺れ続けるものであるというのは、やはり哀しくもあり、寂しくもある気がします。