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『ID:INVADED イド:インヴェイデッド』5話・6話:墓掘り事件のイド考察(前編)

あおきえい監督によるSFサスペンスアニメ『ID:INVADED  イド:インヴェイデッド』本編第5話と第6話で描かれた《墓掘り》事件の考察です。

主に劇中の殺人犯の心理と、彼らの無意識の心象風景"イド"についての解釈を述べる記事になっています。ネタバレを含みますので、本編未見の方は第6話まで視聴したうえで本記事を読まれることをお勧めします。

 

 

今回のエピソードは個人的にとても刺激される内容であり、僕は犯人たちの心情を深掘りしながら楽しんで観ていたんですが、それでも難解な描写が多くてとても一筋縄とはいきませんでした。すでにネット上では考察好きの視聴者によって秀逸な解釈が数多く展開されており、それらをパクって参考にしてどうにか拙い考えをまとめることが出来たのですが、いざツイッターで投稿しようにも結構な文量に達してしまっていたので、それならいっそ久しぶりにブログでも更新しようかと思い立って記事を書くことにしました。では、早速はじめましょう。

 

 

今回の事件の特異性はなんと言っても、《墓掘り》実行犯・数田遥が患っている殺意と愛情の反転でしょう。このややこしい無意識の振る舞いのおかげで、ただでさえ複雑な物語がより一層捉えどころのないものとなり、さらに表情の変化も乏しく口数も極端に少ない数田の不気味な物腰や、彼の凶行の発端となった《墓掘り》教唆犯・井波七星の柳に風と受け流す不敵さとその後の寡黙な態度によって、犯人たちの胸の内は非常に汲み取りにくいものになっています。

ちなみに脳機能のエラーによって特定の衝動が交換されるというこのアイデア、一見すると物語を駆動させるのに都合のいいトンデモ設定のように感じますが、現実の世界でも自分の意思に反して手が勝手な動作をするエイリアンハンド症候群や、身近な人間が瓜二つの偽物に入れ替わっていると思い込むカプグラ症候群といった不可思議な症例は報告されており、これらはときに創作物のモチーフにもされています。そう考えると特定の衝動が誤った形で出力されるという症状も、あながち突飛な発想とは言えないのかも知れません。

数田のイドは『落ちる世界』。彼の殺意が形作る世界観は、中学時代に七星を招いた実家の離れだけが大事そうに切り取られた浮遊島でした。《花火師》こと冬川浩二や《墓掘り》模倣犯の大野源平のように、被害者への明確な悪意で形成されるイドはなかなか物々しい世界観で仕上げられていた舞台でしたが、無意識下で殺意と愛情が置き換わってるだけあって数田の心の内奥は、その狂気に反して随分と穏やかで落ち着いたイメージによって成り立っています。

酒井戸が自由落下状態で目覚める振り出しは、いかにも「恋に落ちる/Fall in love」という言い回しを連想させるくだりです。浮遊島という舞台設定も屋敷の中で浮かぶ家具も、七星に対する数田の"浮かれた"気持ちの表れのように感じます。殺人者の純化された殺意を舞台化するミヅハノメとはいえ、今回形成された心象風景は殺人衝動というよりも、七星に対する数田の愛情表現が優先されたものであるようです。

そこにあるのはただひたすらキミとボクだけの閉じた世界。抽象化された数田の殺意によって酒井戸が危険な目にあうこともなく、事件の被害者たちの扱いにもこだわりは感じられません。七星を問い詰めた際に小春が被害者たちのことを「プレゼント」と例えていたように、まるで数田は自分の愛を七星にアピールする、そのための道具としてしか被害者たちを見ていなかったかのようです。でも果たして本当にそれだけだったのでしょうか。

カエルちゃんの死体に隠れていた少女。そのベースになっているのが中学時代の七星であるのは明白です。しかし、なぜ彼女の顔に事件の被害者たちの顔が接ぎ合わされていたのか。自分はこの無意識下の同化現象について、殺人者の殺意を"符号化"するミヅハノメ本来の機能が働いた結果であると考えています。つまり愛情が殺意へと反転してしまう数田にとって七星は、その愛情ゆえに殺害対象として被害者たちと同様に扱われ、なおかつ最も強く"仮初めの殺意"を指向されていたと。

これまで酒井戸が潜ってきたイドを通して見てみると、そのなかに配置される人物というのは基本的に殺人者と被害者(あるいは標的)、《名探偵》とカエルちゃんの四つの役割です。その例に倣うならば、名探偵でもカエルちゃんでもない七星が、このイドのなかで担える役割は被害者役であるほかありません。七星と思われる少女は殺害対象としてイドのなかに存在しながら、ジョン・ウォーカーと思われる"オバケ"から身を守るために数田によって屋敷のなかで匿われていたことになります。これは一体どういうことか。

数田の脳機能障害が保津に空けられた頭の穴を発端としたことのか、それとも元々患っていた症状が穴によって悪化したのかは分かりませんが、七星に対する恋愛衝動に駆られた直後に、それが彼女への意図しない殺害行為に入れ替わっていることに気付いた数田は愕然としたことでしょう。数田が暮らす部屋に飾られてあった学生の頃の写真は、イドのなかでは破り棄てられていました。この矛盾した写真の扱いには数田の相反する複雑な胸中が見て取れる気がします。彼は無意識のなかでどうにか七星への恋愛感情を抑制しようとしたはずです。

しかし七星への想いの強さを捨てきれなかったことは、イドのなかの少女が七星の姿を色濃く残している点からも察せられます。6話で彼女は自分の顔について酒井戸にこう語っています。

「私は自分の顔知らないから」

「ここには鏡がないの」

「私は、私じゃない人にされてるの。あの怖いオバケから守るためだって」

短い言葉ですが、ここには数田と七星の微妙な関係を解き明かすヒントが詰まってるように僕は思います。ひとまず『落ちる世界』は数田の主観に基づくイドであり、このときの少女に七星の意識や想い、つまり彼女の他我は全く投影されていないとしたうえでこの言葉を解釈すると以下のようになります。

数田は七星に別の人間の顔を接ぎ合わせることでオバケ、つまりイドに潜んでいたジョン・ウォーカーの殺意が七星に向けられることを逸らそうとしていたのでしょう。しかし上述したように七星に殺意(正確には置き換えられた愛情)を向けているのは数田も一緒です。そこで思ったのですが、このときのジョン・ウォーカーは数田の殺意と強い相関関係にあるのではないでしょうか。ただし、この解釈はまだ充分ではありません。

例えば、イドのなかに現れるジョン・ウォーカーがもしも当人の殺意の象徴であるなら、保津のイドにジョン・ウォーカーが現れたとき、保津がカエルちゃんの死体に隠れていたことをどう説明するのか。保津のイドや彼自身のイドについてはまだ不明な点も多く、開示されていない情報もあるような気がして自分のなかではまだ保留な部分が多いです。しかし、イドのなかでジョン・ウォーカーの存在が意味するもののヒントになりそうな描写が一つあります。イドによってジョン・ウォーカーの強さが変化するという点です。

はっきりと確信してはいませんが、僕はジョン・ウォーカーは、殺人者の無意識の殺人衝動を抑圧する、精神分析学でいうところの「超自我」の機能を奪う存在ではないかと考えています。数田の自我を象徴してると思われる少年がジョン・ウォーカーにバラバラにされてしまったのはそのためで、イドによって彼の強さが変化するのも、イドの主人のセルフコントロール(衝動や欲望を自らの意思で抑制する理性的な能力)の強さに反比例するからではないでしょうか。6話で若鹿が推理していたように、悪意を持った何者かがジョン・ウォーカーとして他者のイドに侵入し、そのセルフコントロールを奪っている可能性だってあるのかもしれません。そこでこの考えを数田のイドに当てはめると以下のようになります。

イドのなかでジョン・ウォーカーに自分(自我)が殺されてしまった場合、結果として自分のなかの七星への殺意に抑制が効かなくなり、数田は現実で彼女を殺してしまうかもしれません。それを防ぐための措置が、無意識のなかでジョン・ウォーカーから身を隠したり彼女を別人にしたりするという方法です。その身代わりに用意された顔が現実の事件の被害者たちの顔と一致するのは、現実において実行されていた生き埋め殺人が、数田の恋愛衝動によって生まれた七星への殺人衝動を回避するための、身代わり殺人という側面もあったからではないでしょうか。

とまあここまではいいんですけど、問題なのは数田が生き埋めにするために被害者を拉致したときの意識の働きです。小春への殺人衝動が愛情表現に変換され、小春に対するキスという行動を起こしていたのなら、逆に七星への愛情表現が殺意衝動に変換され、七星に対する何らかの殺害行為を無意識に起こしていたと考えるのが自然である気がします。それが真実であったとして、彼はその衝動を必死に押し留めたはずです。でも実際に身代わりを立てて事件は起こされており、それなのに思念粒子は残されていません。実はこの矛盾が今回のエピソードで一番の悩みどころでした。

上述したイドのなかの代償行為が、現実の数田の犯行意図を規定してるとして、その無意識のプロセスを順を追って考えてみましょう。例えば街を歩いて数田がふいに七星への恋愛衝動に駆られたとき、数田の無意識のなかで愛情表現と殺意が交換されますが、その殺意は愛する七星に直接向けられることを避けて、他の身代わりを立てようとします。それに加えて、グロテスクなものに魅かれる七星の歪んだ欲望を叶えたいという無意識の欲求に従って、適当な被害者を見繕って生き埋めにするために拉致する、という行動に移される。この一連のプロセスが恋愛感情を根源として規定されているのなら、愛情表現と犯罪行動が両立し、殺意も思念粒子も発生することなく、ワクムスビの死角を突くことができた、とは考えられないでしょうか。正直なところ、直感的には飲み込めない話なので書いてる本人ですら眉唾です。(オイ)

 

 

ところで、警察を妨害する罠を仕掛けたりしても、数田の殺意がワクムスビで検知されなかった件。殺意と愛情が交換されているのなら数田は罠を仕掛けるあいだ中、常に七星のことを考えていたんでしょうか。でも殺意を発端とする行動は小春との遭遇のときのようにキスなどの愛情表現として変換されるはずです。ところが6話で数田が小春と対峙したとき、彼はキッスで反撃してくることなく自身の殺傷行為をきちんと制御できていました。ここらへんの描写を矛盾に感じた視聴者も多かったのではないでしょうか。

そもそも「殺意」という衝動を本作がどのように定義して扱ってるいのか、いまいち掴みきれてないのも正直なところなんですよね。あ、今更ですが「そもそも脚本が殺意と愛情の交換ってアイデアを扱いきれてないんじゃないの?」なんて考えちゃいけません。それを言ったらそこで試合終了です。一応この点について考える手がかりは、これまでも小春や松岡さんの台詞のなかで何度か示唆されていたんですよ。

「殺意といっても、その根源は衝動の部分だからな。殺害方法ってのは頭で考えたりする分、イドの様子とは大抵かけ離れる」(松岡黒龍/第1話)

「人を殺したいというだけの気持ちや憎しみは、どれくらい強くたってワクムスビでは検知できないはずですよ」(本堂町小春/第2話)

「衝動は行動のきっかけにすぎませんから、普通に頭を使いながら殺人を行おうとすれば、ちゃんとできるはずです。でも、私とでくわしたときみたいに、咄嗟に人を殺そうとしたときには、間違った衝動のまま行動に移されちゃうんじゃないかと」(本堂町小春/第5話)

 つまり自覚的、意識的に頭で物事を考えながら行動する分には、殺意によって思念粒子は発生せず、ワクムスビに検知されることもないようです。逆に無自覚で無意識な反射的行動によってのみ思念粒子は発生するようです。大野の実家付近で小春と接触したとき、緊張状態や焦りから"咄嗟に"、半ば無意識で小春に襲いかかろうとした数田ですが(この時点で思念粒子が発生)、そこで脳機能のエラーにより殺人衝動が恋愛衝動へと変化、それをきっかけに身体が反応して行動に移される頃には、すっかり殺意は恋愛表現へと置き換えられていたというわけです。

では、6話冒頭で数田が小春と松岡さんに襲いかかったとき、彼の行動は意識的だったのか、それとも無意識だったのか。"頭を使いながら殺人を行う"意識的な行動であればそれは衝動ではなく、衝動の置き換わりも起こりません。前述した通り、ジョン・ウォーカーがイドの主人の理性を完全に喪失させるために、イドのなかで当人のセルフイメージを殺そうしていたのなら、5話の時点でバラバラに刻まれてしまった数田の自我が理性を保てなくなっていたとしても当然です。しかし、6話で数田は体の大部分を失っても浮遊島に留まっていたことが判明します。これは数田が衝動で完全に我を失っていたわけではないことを示していると考えて良さそうです。

ということは、数田が醤油樽の罠を仕掛けたときも衝動的ではなく、頭でものを考えながら意識的に行ったと考えれば、思念粒子が検知されなかったことも説明がつきます。殺意か愛情かの観点に囚われすぎると袋小路から抜け出せませんが、意識か無意識かの観点で考えれば一応の納得は得られました。ちょっと拍子抜けですが。でも、トラップ設置すらすべて七星への「プレゼント」として無意識に行われた、なんて話よりはすんなり納得できる気がします。

 

 

ただ、それでも数田のイドには不可解な点が残ってるんですよね。例えば今回のイドは小春への殺意によって生まれた思念粒子が検知されたことで形成されたはずなのに、実際のイドのなかに小春が現れなかった件。これについては1話と2話が大きなヒントになっていました。イドはその主人の現実の無意識とリアルタイムで繋がれ、その都度更新されていく流動的な世界です。そのことは保津のイドに小春が現れたことや、小春の心の強さが保津のイドのなかの彼女に変化を与えたことからも察せられます。ということは、イド主の認識や感心がその対象から逸れてしまえば、瞬間的に殺意を向けられた相手であってもイドから排除される可能性はあります。イドの世界とは瞬間的な殺意の投影ではなく、殺人犯の根底にある殺人欲の源の具象であると僕は考えています。

不可解な点はもう一つあります。イドのなかでなぜ二人は中学生の姿のままだったのかという点。数田の住処には学生時代の写真が飾ってありましたが、数田と七星が交際してるなら、わざわざ幼い頃の写真を飾っておくのは不自然な気がします。ひょっとすると警察が穴空き事件の関係で数田の部屋を捜索した時点では、まだ数田と七星に接点はなかったのかもしれません。もしそうなら、学生の頃の印象の強さが自他のイメージとしてイドに投影されていてもおかしくはないでしょう。

二人が《墓掘り》として凶行に及んだのは、おそらく数田が保津から被害を受けた後です。作中の時間経過について公式は、1話と2話が4月、3話は夏の終りから初秋にかけての物語であると明言しています。墓掘り事件の被害者のライブ映像のなかにはかなり腐敗が進んで顔面の原型をとどめていないものもありました(第4話)。なかには乾燥してミイラ化した遺体もありましたが、死後一ヶ月も過ぎると遺体の腐敗はかなり進むらしいですし、夏場という環境下ではさらに早るでしょう。数ヶ月という短期間に6人もの人間が数田の犠牲になったとしても無理な話ではありません。そしてその引き金になったのは保津の穿頭術だけではなく、七星との再会による恋愛感情の再燃だったのではないでしょうか。

 

 

数田は被害者たちの悲惨な最期の一部始終を彼女に送りつけることで、自然な形では伝えることが不可能な自分の愛の深さを間接的に彼女に伝えていました。では、この猟奇的な数田の愛情表現を、当の七星は一体どのように感じていたのか。それは後編で掘り下げていきたいと思います。