UglySmile

人生には物語とROCKが必要だ。

『天狼 Sirius the Jaeger』第6話の感想と演出について

前回があの派手な展開だっただけに、今のアクションアニメの平均的な傾向を考えると、今回はてっきり省エネ作画で茶を濁してくるかと思ったんですけどね。まさか中盤山場の本命、対カーシュナー戦の導入だけでなく、これまで戦闘面では見せ場のなかったウィラードの立ち回りまで盛り込んでくるとは。正直ナメてました。大きく動いた物語の勢いを殺すことなく突っ切る姿勢。安定したクオリティの上で胡座をかくことのないその実直さに、作品への信頼感も一層高まります。

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© Project SIRIUS /「天狼 Sirius the Jaeger」製作委員会

昭元の店への襲撃を皮切りに、圧倒的物量で一気に狩人包囲網を敷いてくるヴァンパイアの攻勢。想定を超える敵の猛攻撃に防戦一方の狩人サイドですが、さらにカーシュナーとミハイルとのエンカウントが重なり、フィr…狩人メンバー死亡フラグも絶賛乱立中。狩人たちが徐々に追い詰められていくサゲの展開だけに、今回は観ている側に圧迫感や閉塞感を与える仕掛けが画面の中にいくつか見られます。夜襲はヴァンパイアにとって地の利があると同時に、暗闇による心理的圧迫感を誘う効果も発揮します。第6話は昼夜の時間の流れを使い、次第に暗色へと移行していく色彩の変化と物語を同期させることで、視聴者の不安を効果的に煽っている気がします。

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© Project SIRIUS /「天狼 Sirius the Jaeger」製作委員会

また、戦闘の舞台も同様の意図を持って設定されている気がしますね。バーに訪れたウィラードがヴァンパイアの襲撃を受ける場面の、店の入り口の狭い階段。画面密度の高い荒らされた店内。狭いカウンターでの大立ち回り。直江邸襲撃シーンの、ヴァンパイアを迎え撃つために息を潜める狩人たち。離れの倉庫に避難する屋敷の住人。ユーリィとフィリップが狭い階段の踊り場でカーシュナーとミハイルに追い詰められる様子。閉塞感を誘うこれらの描写が執拗に反復されることで、フィr…誰が死んでもおかしくない窮迫した危機的状況に説得力が生まれています。画面の心理効果と物語の展開をマッチさせている手堅い演出です。

 

ところで、6話で個人的に印象的だったのがドロテアとウィラードの表情のカットでした。

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© Project SIRIUS /「天狼 Sirius the Jaeger」製作委員会

強迫的にも思える涼子の熱い正義感に思わず気圧されるドロテア。涼子の潔癖な青さとは違い、決して純粋な正義感で狩人を続けてるわけではない(道場の神棚に腰を下ろす姿は、そんな彼女のなかの歪みを強調しているようです)彼女の負い目を感じさせる表情。父親の心配をよそに未知な世界への指向を止められない涼子は、外の世界を知るドロテアのことを羨ましく思いますが、彼女にだって知らないことぐらいあるでしょうし、むしろ本当に大事なことは未だ知らずにいるのかもしれません。ドロテアもまたユーリィと同じように、現在の自分の在り方についてふと内省する瞬間があるのでしょう。

しかし、今更この生き方を変えることはできないとも彼女は考えていて、だからこそそんな自分の代わりに、せめてユーリィには多くの選択肢を与えてやりたいという思いを強くしてしまうのではないでしょうか。また、自身と似た境遇にいる涼子の強さを認めながらも、その真っ直ぐすぎる性格が危なっかしくて放っておけないと彼女は感じているのかもしれません。なにかとユーリィと涼子の距離を近づけたがるお節介な一面も、そうしたドロテアの内面を裏付けているように思えます。いいぞもっとやれ。

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© Project SIRIUS /「天狼 Sirius the Jaeger」製作委員会

昭元の死を受けてヴァンパイアへの憎悪をあらわにするウィラード。単なる仕事仲間としてだけではなく、センチメンタルな感情を寄せる相手として、彼が昭元を見ていたことを伝えるエモーショナルなシーンです。友情と呼ぶにはかなり軽薄な感じがしますが、昭元に対する彼の想いが強く表れていたと感じたのが「もう一度、モッキンバードが飲みたかった」という台詞でした。2話で符牒として使われ、今話のサブタイトルにもなっているモノマネ鳥の名を持つこのカクテル。ヴァンパイアとの暗闘の日々のなか、ウィラードが昭元の店で過ごすほんのひと時は、所詮は平和の真似事だったのかもしれませんが、それでも彼にとって確かな心の置き所であったのだと思います。

たとえ"紛い物"であっても手放しがたい心地よさを感じてしまう。それはユーリィとの父子的な関係も同様で、花を愛でるユーリィに対して思わず狩人ではない別の生き方を示唆してしまうほど、今やウィラードのなかでユーリィとの関係は感傷的な方向へと重心が振れてしまっています。ヴァンパイアとの戦いが激化する一方で大切なものは増えていき、そして容赦なく奪われようとしている。ウィラードがバーでヴァンパイアを撃ち殺すときに見せた激情は、硬質で強圧的な音響と相まってとても痛ましく映りました。

 

あと、今回の話で気になったのが狩人たちがやたらと「ヴァンパイア"ども"」と口にしていた点です。庭園でユーリィと会話しているウィラードは、ミハイルと他のヴァンパイアたちを区別するようにそう呼んでいます。ウィラードからの報告を受けたドロテアが、他の狩人たちに指示を出すときもそう呼んでいました。また、涼子が直江男爵に避難を呼びかけるときはヴァンパイアを「バケモノども」と呼んでおり、フィリップに至ってはもはや「きったねえヴァンパイアども」です。僕がヴァンパイアなら傷ついて泣いてしまいます。

ここまで連呼されるとさすがに引っかかり、フィリップの強い言葉に思わずユーリィが「僕も殺したいって思ってる?」と尋ねたときは、奇妙なシンクロを感じたほどです。このときのユーリィは、フィリップが狩人としてヴァンパイアを殺すのは、彼がヴァンパイアを憎んでいるからだと思ったのでしょう。憎しみでヴァンパイアを殺すなら、両親を人狼に殺されたフィリップは、その憎しみから人狼も殺したいと思うだろうし、ならば人狼の生き残りである自分も同じように殺したくなるのではないかと彼は考えたはずだからです。

しかし、フィリップは過去の悲劇を自分なりに受け止め、すでにユーリィとの関係に折り合いをつけて生きています。このフィリップの考えを、兄との関係に思い悩むユーリィにそのまま適用させるなら、フィリップが言うようにユーリィはミハイルを再び兄として受け入れることが可能でしょう。ヴァンパイアとしての"種"よりもミハイルとしての"個"を受け入れる。ユーリィの復讐物語のひとまずの帰結がそこにあるのなら、やはり、僕はヴァンパイアを一律に敵視する他の狩人たちや涼子の態度には違和感を覚えてしまいます。

考えすぎかもしれませんが「ヴァンパイア"ども"」という敵意を強調する言い回しも、彼らが強迫的にヴァンパイアへの感情移入を遮断しているからではないかと思えてしまうんですよね。とはいえ、出てくるヴァンパイアどもがどいつもこいつもロクでもないのでそれはそれで仕方がないとも思う。

※ここで誤解がないように言っておくと、僕が引っかかっているのは、ヴァンパイアという種に対する彼らの硬直的な価値観に対してであって、ヴァンパイア殺しの是非ではありません。アクションエンタメ作品の暴力シーンにマジレスするほど野暮じゃないです。また、これは作品やキャラクターに対する批判ではなく、あくまで「そういうテーマが隠れた作品なのではないか」という話です。 

 

 

では、今回のアクションシーンについて。 

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© Project SIRIUS /「天狼 Sirius the Jaeger」製作委員会

貴重なウィラードの大立ち回り。まずは一人目のヴァンパイアをスマートに返り討ち。飛び掛かってくる二人目をいなし、その勢いに乗せて荒々しく投げ返す。すかさず顔面を踏み付けて感情のままに発泡。一瞬の動作のなかにも、段階的に殺意が増してくウィラードの内面が滲み出ているスタイリッシュ&デモニッシュなアクションシーンです。うーん、カッコいい。

何気に戦闘開始までのシークエンス、物音に反応して警戒するウィラードの様子を挟むことで、彼が昭元の目を閉じるあいだも、店内に潜むヴァンパイアの存在を視聴者に意識させ、緊張感を途切れさせない執拗さがいやらしかったです。

 

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© Project SIRIUS /「天狼 Sirius the Jaeger」製作委員会

階段の上での中ボスバトル。動きが制限される高ストレスなステージですが、手すりを使ったスタントアクションで危機的状況を切り崩す解放感がとても気持ちいいです。フィリップをひと思いに殺すことなく、その動きを封じるに留めるミハイル。明らかにユーリィを心配しているご様子。地味にカーシュナーの隙も狙ってる?

 

 

第六話『マネシツグミの警笛』

脚本:小柳啓伍

絵コンテ:入江泰浩

演出:藤井康雄

作画監督:川面恒介、秋山有希

総作画監督:佐古宗一郎