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『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』12話・13話 感想と考察:彼らの父性と彼女の自立

※本記事の内容は12話だけでなく、13話のネタバレも含んでいます。未視聴の方は13話を視聴したうえで読まれることをお勧めします。

 

 

 

なかなか記事がまとまらなくて時間がかかってしまいましたが、第12話(サブタイトルなし)と、第13話『自動手記人形と「愛してる」』の感想と考察です。

平和の象徴として南北を繋ぐ大陸縦断鉄道。南北和平合意の調印式に向かう特使が乗り合わせていたその列車を、反和平勢力が襲う。火事騒ぎで列車を足止めして車内に潜入した先行部隊は、車掌に扮して指揮官と仲間たちを列車に紛れ込ませることに成功。有事に備えて同乗していた南側の兵士たちを後方車両に扇動して一挙に無力化を図ったテロリストたちは、特使の殺害と列車もろとも大鉄橋の破壊を目論む。しかし、そのとき彼らの目の前に現れたのは淑やかなワンピースドレスに身に包んだ一人の少女。終わりなき戦火に生き続ける大戦の亡霊たちを、いまだ消えることのない戦場の残り火を心に宿した銀腕の戦乙女が迎え撃つ……!

いやいやいや待て待て。どんなお悩みも手紙でズバッと解決する代筆人情物語はどこ行った。……とツッコミたくなる視聴者も少なくないでしょうが、シリーズの締めにアクションをふんだんに取り入れた派手な話を持ってくるのは、まあ定番ですよね。原作ラストの列車テロのエピソードが元になっていますが、事件の流れや結末は大きく異なっています。13話は一部の原作要素を取り入れたアニメオリジナルです。

鉄道アクション映画みたいなノリなのでシリーズのなかでは浮いて見えるかもしれませんが、言葉や願いを届ける郵便屋の活躍という点では一貫していますし、登場人物たちの関係性やドラマを、心象的な舞台設定で写し取ってきた本作のスタイルも顕著に現れています。見方によってはとてもこの作品らしいエピソードと言えるかもしれません。大団円を迎えた13話と通して観てみれば、過去と向き合ってきたヴァイオレットの物語がひとつの区切りを迎えるには、重要な展開であったことも理解できます。

12話も8話と同様にサブタイトルはありませんでした。やはり誰かの想いが届けられてこそ一つのエピソードとして成立するのだという制作姿勢が感じられますね。その構成に見て取れる、人の想いは必ず届くという信条、あるいはそうあってほしいという祈りは、この作品に込められたメッセージの一つなのでしょう。8話と9話、12話と13話は合わせて一つの物語と考えて良いのではないでしょうか。というわけで、今回も二つのエピソードをまとめて記事にさせてもらいます。では、まずは考察から。

 

 

何かとヴァイオレットに強く当たってきたディートフリート大佐でしたが、鏡の前でせっせと三つ編みを結って蝶々結びのリボンで纏めてる姿を想像すると、なかなか憎めないキャラです。原作でもアニメ版でも彼はヴァイオレットと合わせ鏡の関係という立ち位置にいるんですが、アニメではそのような関係に至るまでの経緯が分かりやすく改変されていました。原作ではヴァイオレットとの邂逅の一件(アニメでは5話Cパートの回想でチラッと触れていました)が、彼の心に深い傷を与えることになるのですが、アニメ版ではそのあたりの大佐の心理を一部抽出して、ヴァイオレットと同じくギルベルト少佐の死に心を痛める弟想いの兄という、比較的分かりやすいキャラクター造形へと再構成されていました。

また、その改変によって彼がヴァイオレットを少佐に預けた理由もアニメ版ではすっきりとしたように思えます。彼は弟を守るための武器としてヴァイオレットを託していました。おそらく陸軍特殊部隊として何かと"厄介事"を押し付けられ、上層部から体良く扱われる弟の身を案じていたのでしょう。父に反発し、辺境伯として国境防衛の任に当たってきたブーゲンビリアの家を弟に押し付けて、好き勝手に海軍に仕官した負い目もあり、彼なりの誠意を示したかったのかもしれません。

そんなわけで大佐にとってヴァイオレットは道具以外に生きる道など許されていませんでした。ヴァイオレットを道具だと思い込めば少女を戦争に巻き込む自身の行為も正当化できます。道具としてその性能が充分に発揮されなければ「出来損ない」としていくらでも責め立てることができます。大佐にしてみればヴァイオレットの少女としての人間性よりも、少佐の命の方が大事です。これはヴァイオレットが自分のなかの人間性よりも少佐の命令を重んじていたこととダブります。大佐とヴァイオレットは少佐という接点を通して鏡写しの関係にありました。それはインテンスの戦い以降も同様だったのだと僕は思っています。少佐を守り切れなかったことを悔いるヴァイオレットと同じように、大佐もまたその死に自らの責任を感じていたのかもしれません。

弟を守るための「武器」を託したつもりが、かえってそのことによって弟をより危険な任務へと従事させる結果になったのではないか。少女を道具扱いしきれない弟の誠実さを自分は過小評価していたのではないか。自分の厚意が弟の死を招く遠因になったのではないか。大佐が異常なほどヴァイオレットに嫌悪感を示すのは単なる憎悪だけではなく、彼女を前にするとどうしても少佐の死に対する自身の過失を実感させられるからではないでしょうか。ヴァイオレットを鬼の形相で罵倒する彼の「お前がギルを殺したんだ」という言葉は、自分自身に対して向けられたものでもあったのだと僕は思っています。

大佐がヴァイオレットのなかに自分自身を投影していたのだとしたら、ヴァイオレットの「私も、守りたかったんです」という言葉は彼にとって二重の意味を持ちます。その言葉は彼女自身の想いであると同時に、まさに自分のなかの弟を守りたかったという想いも代弁していたからです。そんな言葉を向けられては、彼はもうヴァイオレットを道具と見なすことはできません。咄嗟にヴァイオレットを庇った行動にも、そんな彼の戸惑いの様子が伺えます。ヴァイオレットを守ろうとした大佐の感情と、大佐を守ろうとしたヴァイオレットの感情に違いはありません。自分と同じ想いを抱く相手が、心を持たない道具だとどうして言えるでしょうか。

ヴァイオレットのなかに自身の喪失を重ねる大佐は、ライデンのブーゲンビリア家別邸に住む母親に彼女を引き合わせました。どうやら列車テロの一件が彼の心を「素直」にさせたようです。それは弟の忘れ形見であるヴァイオレットの喪失に寄り添い、弟の意思を継いで彼女の未来を思いやる"親心"のようなものだったのでしょう。「あなたのせいではない」。彼もまた深い悲しみから立ち直るために、かつて母親から同じ言葉を贈られたのかもしれません。自分のせいでないのなら一体誰のせいなのか。やり場のない彼の怒りの矛先は、ヴァイオレットに向けられるほかなかったのだと思います。

そんな彼も今やヴァイオレットを見送る立場です。彼が最後にヴァイオレットに贈った激励も、やはり自分自身に向けられた言葉でもあったのだと思います。ちなみにあの激励、原作でも大佐がヴァイオレットに贈っているものなんですが、同じ言葉でも全く違う印象になっています。原作では重苦しさを抱えたまま決別してしまったように見えた二人ですが、救いのある結末を迎えて何よりでした。

 

  • ヴァイオレットだって思春期

 

一見するとただ派手な話がやりたかっただけじゃないのかと思えてしまうエピソードですが、ヴァイオレットの心の成長譚としてこの作品を捉えたときに、列車テロの阻止という展開に一体どんな必要性があったのか考えてみましょう。振り返ってみると終盤はヴァイオレットが自らの喪失とどう向き合い、少佐のいない世界でこの先どう生きていくのかを問う物語だったような気がします。指示待ち人形の状態から脱して自分自身で考え行動する。言わば庇護者からの自立を模索する物語。ヴァイオレットにとっての親離れの物語です。

10話、11話と戦没者遺族の心に寄り添い、その果てに過大な理想を抱いてしまったヴァイオレット。なまじ絵空事とは言い切れない戦闘力を持つだけに、使命感の裏側で肥大する万能感は、彼女を向こう見ずな無鉄砲にさせてしまいます。戦場の空気に誘われていく彼女を心配するカトレアの思いも虚しく、大佐の指示を仰ぎ、和平反対派のテロリストたちに単身丸腰で挑むヴァイオレットでしたが、相手のガルダリク兵たちも非武装の少女相手に銃より銃剣で応戦する空気の読める紳士なので命拾いです。

多くの人々の悲しみに触れて、南も北も関係なく誰一人死なせたくはないと心に決めた彼女でしたが、守りたいものが多すぎて結局は自分すら守れません。現実の前に彼女の理想は万能感とともに虚しく打ち砕かれます。それでも彼女は最後まで自分の力を殺人のために生かそうとはしませんでした。自分が誰かの命を奪うことを少佐は望んでいなかったと、今の彼女は充分に理解できるからです。彼女は自分自身の死を目前にしても、エメラルドのブローチの奥に映る少佐の想いを優先させます。

彼女と対峙する和平反対派の存在もまた、彼女と鏡写しのような関係にあるのではないかと僕は考えています。主人を失った野犬の群れのように国家に失望し国民に裏切られて寄る辺を見失った彼らは、少佐という寄る辺を失ったヴァイオレットと重なるものがあります。今や彼らを突き動かすのは憎悪と意地と、植え付けられた戦場心理によって止めることの出来ない暴力衝動だけです。彼らを否定することはヴァイオレットにとって、自分のなかの暴力性に対する自己制御能力の確立も意味しているのだと僕は思っています。万能感からの挫折もそうですが、暴力性の自己制御、いわゆる"手加減"を覚えることは、子どもが大人の身体へと成熟する思春期において、社会との関わりのなかで心身のバランスを保っていくために必要な心の通過儀礼です。

ホッジンズ社長に引き取られてから驚異的なスピードで精神面を連鎖的に成長させてきたヴァイオレットも、ついに誰もが自信を見失ってしまう思春期という、身体に見合った発達段階に達したようです。超人的な強さを誇ってきた彼女ですが、それでも本当に守りたいと思ったものはなかなか守れていません。少佐のときもそうでしたし、今回の列車テロもたった一人では対処できなかったはずです。大佐やベネディクトが居なかったら、彼女は自分の命すら危うい状態でした。たった一人で世界の悲劇を背負ってるかのように見えた彼女も、誰かの支えがなければ生きていけない普通の人間です。おそらく彼女は自分が思ってる以上に多くの人間に守られ、救われ、生かされています。はじめにそのことを示したのが少佐でした。

何かを守りたいと強く思うとき、そこにはどんな形であれ必ず愛が存在します。崩落するインテンス大聖堂で、ヴァイオレットを守るために少佐が最後に示した愛の意味に、彼女はこの事件を通してやっとたどり着けたのではないでしょうか。心が育まれていくたびに彼女のなかで少佐の面影は鮮明になっていきます。代筆を通して感情を知っていくたびに、少佐の想いに気付き、自分の想いに気付かされ、少佐に会いたいと願う気持ちは募っていきます。OPテーマ『Sincerely』の歌詞がいかにヴァイオレットの心情を表していたかが分かります。彼女はどうしたって少佐を忘れることはできません。彼女が抱える心の欠落が、彼女の運命をそのように決定付けてしまっているんです。

 

  • 彼女はその「死」とどう向き合ったか

 

テロ事件は阻止され、なぜか民間のドールがスケベ服で華を添える調印式も正式に執り行われて南北の講和が実現。数年ぶりとなる航空祭に沸くライデンですが、そこで散布される手紙について劇中で詳しい説明はありません。しかしヴァイオレットの代筆の様子やカトレアの言葉から、どうやら"もう想いを届けることの叶わない相手"へと手紙を送る演目のようだと察せられます。ヴァイオレットはそんな航空祭で送る少佐への手紙を書きあぐねていました。この流れだと、視聴者には彼女がいまだ少佐の喪失を受け入れられずにいるように見えます。その決して届くことのない手紙を書いてしまうということは、彼女のなかで少佐がもう決して会うことの叶わない相手であると確定してしまうのと同義ですから。

煮え切らない気持ちのまま、ヴァイオレットは大佐の計らいによってブーゲンビリア夫人との面会を果たします。息子を忘れることなく、哀しみと愛しさを抱えて生きつづけていく夫人の想いに触れた彼女は、少佐の生存を諦める必要も、彼のことを忘れる必要もないのだということに気付いて少佐への手紙をしたためます。彼女は少佐への言葉を見つけらなかったのではなく、別れの言葉が見つけられなかっただけなのかもしれません。航空祭で送る手紙の相手は死者だけではありませんでした。この演目にはもうひとつ、アイリスやエリカやホッジンズ社長のように"今はまだ想いを届けることのできない未来の誰か"に向けて手紙を送るという意味合いもあります。彼女たちや社長のコミカルな掛け合いが、決して哀しいだけの催しではないことを視聴者に印象付けます。はじめに死者に手紙を送るためだけの演目と見せかけることで、ヴァイオレットの心情の変化を引き立たせる面白い見せ方だなあと思いました。

ちなみにヴァイオレットが書いた手紙ですが、改めて通常EDの映像を観てみるとこの手紙の内容と重なってるような気もします。ラストには白樺の樹に寄りかかって眠るヴァイオレットが描かれていますが、白樺の花言葉は「あなたをお待ちします」です。彼女は少佐の生存を信じ、いつかまた再会できる日を信じて待ちながら今を生きることを自分自身で選びました。彼女はもう誰かの命令によって自分を規定するようなことはありません。それは少佐の「生きろ」という言葉を、命令ではなく願いとして受け取れるようになった彼女の成長の証です。9話で社長に対して「私は少佐のいらっしゃる所にしか行けません」と語った彼女が帰るべき場所はもう戦場ではなく、C.H郵便社の屋根裏に充てがわれた自分の部屋です。新しい一日の陽の光に満たされたその部屋は、新しい人生を生きるために少佐の影から精神的自立を果たした彼女の再生を象徴しているかのようでした。

 

 

  • 感想

 

思わずヴァイオレットの脱水症状が心配になってしまいますが、終盤における彼女の多感な感情表現もそのキャラクター性を鑑みれば当然なのかもしれません。ただでさえ心が不安定になる思春期という発達段階ですから、常人よりも濃密な心の変化を体験している彼女ならあれくらい感傷的にもなる……のかな? 

個人的にラスト二話は男性キャラクターの父性が強調されているような気がしました。ヴァイオレットの帰りを駅で待ちつづけ、航空祭では父性全開な手紙をしたためたホッジンズ社長はもちろん、ヴァイオレットに対して心の変化を見せたディートフリート大佐や、兵士たちを正しく導けなかったメルクロフ准将にさえもそれが感じられるようでした。この二話がヴァイオレットにとっての親離れの物語であると思えたのもそのためです。

昨年のトークステージで石立監督はヴァイオレットに父性を刺激されたと語っていたようですが、それも納得のラストエピソードでした。原作が16〜18くらいの年齢設定と思われるのに対し、アニメ版の14歳という年齢は年相応の心性を獲得するまでの物語として設定されたものと思っていましたが、視聴者に父性を喚起させるための効果も発揮していたと思います。年齢設定を下げたことで少佐の名誉が傷つくのではないかと心配しましたが、どうやら杞憂だったようです。………………ですよね?

 

少佐への手紙の「『愛してる』も少しは解るのです」というくだりはこの作品やヴァイオレットのキャラクター性を象徴する、とても印象的な言葉だと改めて感じました。

ヴァイオレットの依頼者の多くは、彼女のなかに心を許してしまう特別な何かを感じています。人形のような彼女の振る舞いは相手側に気安さをおぼえさせる効果もあるのでしょうが、彼女のある種の"空虚さ"は、依頼人たちが失ったさまざまな愛の形を彼女のなかに投影させるのに都合が良い部分もあるのでしょう。愛という言葉の定義は人それぞれです。依頼人たちそれぞれの愛の形を写し出す鏡となる彼女のキャラクター性は、愛という言葉が持つ曖昧で茫漠としたイメージそのものなんです。

13話のサブタイトルは1話のサブタイトルをひっくり返しただけのものですが、全話を通して視聴してきた後ではその「愛してる」の文字も違って見える気がします。しかし、彼女が理解してきた少佐やそのほかの人々の「愛してる」は、愛という言葉の意味のほんの一部にしか過ぎません。彼女が自動手記人形である限り、その言葉の中身を埋めていく営みに終わりはないのでしょう。

 

思えば、自動手記人形というのはとても傲慢な職業と言えるかもしれません。彼女たちは依頼人たちの繊細で複雑な感情を自分が思う言葉によってひとつの解釈に収斂させてしまうからです。なかには掬い上げそびれて疎外されてしまった感情もあるかもしれません。その言葉に引きずられて変容してしまった感情もあるかもしれません。それは自動手記人形の仕事に限らず、心情の言語化という行為そのものにつきまとう問題です。しかし、だからこそ先入観や偏見で相手の言葉を歪めることなく、他者の心に真摯に向き合わなければならない難しい仕事でもあります。

人の言葉の意図を読み解くことと、作品の意図を読み解くことは似たような心の働きなのかもしれません。作品というのはどんな形であれ作者や制作者たちの言葉を生き写しているからです。制作スタッフが作品に込めた意図を、僕がどれだけ汲み取ることができたのか「答え合わせ」をすることはできません。僕がこれまでブログで語ってきた解釈だって、きっと僕自身の価値観や関心事に引きずられてしまった部分もあるでしょう。「こういう見方をしたら面白いのではないか」という思いが先行しすぎて、素直に作品を受け取ることができずに的外れな解釈をしてしまったことも多かったと思います。

でももしも、そこにほんの少しでも主観の壁を越えて正しく通い合うことができた部分があったのなら、それはとても嬉しいことだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

  • おまけ:新作決定について(※原作既読者と円盤購入者向け

 

個人的にはTVシリーズだと嬉しいですね。発売されたばかりの『外伝』と合わせて原作未消化のエピソードが結構残っていますから可能性はあると思います。

『囚人』や『半神』がどうアニメ化されるのかとても興味あります。あと『永遠』ね。あ、そういや『永遠』はてっきり円盤特典の未放送話としてアニメ化されるかと思ってました。長期契約の学園話なんで4話と5話の間の話としては丁度良さそうでしたし。百合風呂もありますし。

今シリーズではヴァイオレットの心の成長という縦軸が作品の大きな魅力のひとつだったので、年相応に心が成長した今となっては、続編を制作してもそこが弱まってしまうのではないかという懸念もあり、そう考えると劇場版が無難なのかなあとも思えます。あまり劇場版という長尺向けな作品とも思えませんが。

ああでも、今シリーズでは怒りや嫉妬など、あまり負の感情についての心の働きは取り上げられてこなかったので、ヴァイオレットがそういった感情とどう向き合っていくかというのは、もしかすると新たな縦軸になり得るかもしれませんね。原作未消化のエピソードも憎悪や狂気といった心性がテーマとなるシビアな話が多いですし。

そういや円盤1巻のブックレットの世界概要見て他大陸の設定まで載ってることに驚いたんですが、新作でそこらへんを掘り下げるつもりなんでしょうか。それにラックスが監禁されてたシュバリエの位置も判明してましたね。いや、でもそんなことより何より、

暗黒大陸ってなに?w こんなん絶対ドラゴンとか魔王とかいるだろww いや、単にかつてのアフリカみたいに詳細が明らかになっていない大陸という意味合いなだけ……?