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人生には物語とROCKが必要だ。

2018年冬アニメ 第7話 雑感

2018年冬アニメ第7話の雑感ツイートのまとめです。

 

いわゆる「不可視境界線」パターンかなと。

 

今回も引きの構図が多いですね。うん。やっぱり上野で遊ぶ三人っていうイメージを凄く大切にしてるアニメなんだと思います。アップショットを多用できるのが日常アニメの利点ですが、そこに甘んじることのない誠実さに敬意を感じます。

 

早く異能バトル展開が観たいぜ。

 

公式が露骨な下ネタに走ると冷めるタイプです自分。いや、これはこれで嫌いじゃないよ? でも……なんか、こう……自分の中の高木さんのイメージじゃないのよ……。うん。イメージの押し付けキモいのは自覚してる。

 

自分の中のイメージ通りで安心するわ。やっぱ深夜アニメはエロだな。

 

ホント、アクションシーンになると急に絵が元気になるよねこのアニメ。

 

でもその前にセンとコンジュの出番増やして。

 

なるほどデビルマンってのは悪魔でも人間でもない中間の存在の名称だったのね。(今更)

 

店長はあきらの小並感についイラついてしまったけど、でもやっぱりあきらにとって店長は、恋やバイトや文学で自分の世界を広げてくれた、自分には陸上しかないわけではないことを気付かせてくれた「凄い」人なんだと思います。ただ、それを上手く言語化できずにいるんでしょうね。

店長があきらを抱きしめた行為には色んな思いが詰まっていたと思います。彼女の若さが作家を志してた自分の青春を思い出させてくれる。彼女だけが作家を夢見たあの時の自分を認めてくれる。彼女を慰められるのは今は自分だけであるという事実が自尊心を満たしてくれる。風邪で心が弱っていたせいもあって、店長はつい彼女に救いを求めてしまったんでしょうね。まあ、どんな理由があろうと逮捕なんですけど。

ちなみにEDテーマである『Ref:rain』のMV。とても百合百合しい内容ではあるんですが、個人的にあの二人って、それぞれ元は一人の少女の「大人になりつつある自分」と「大人になることで失われる自分」の象徴でもあるのかなと解釈しています。赤い翼が花のように散っていくイメージはいかにも「失われる純潔」ですし。前回の、世界を広げて成長していくあきらと取り残されるはるかの関係とも重なりますね。

そもそも百合って「らしさ」からの避難所なんですよ。社会が要請する大人らしさ。女らしさ。あるいは男らしさ。いずれ自分をそのように規定させる社会から性が未分化であった頃への逃避、性のモラトリアムとして、オタクのあいだに百合が求められているんだと自分は思ってます。いわゆる百合男子と呼ばれる人種も、自分のなかの「こうあらねばならない」という男性性を否定して一方のキャラに自己投影してるんじゃないですかね。なので百合の関係に男が混じることを極端に嫌う。

まあ、僕の百合趣味は中学の頃にはじめて読んだ官能小説が社会人レズものだったせいで性癖がガタガタに拗れてしまっただけなんですけどね(どうでもいい)

 

でもパラサイト周りの設定ってちょっとアイドル業界っぽくもあるんですよね。あいつらパパたちのアイドルなんじゃねえかなw なんで、ちょっとそこら辺を掘り下げてくれると面白いかな。個人的にはアイドル業界に、ひいてはオタクという人種の中に息づいてるピグマリオニズム(女性を人形扱いしたくなる心理。あるいは逆に自分が人形でありたいと願う心理)を告発してくれるんじゃないかと密かに期待してます。

父性が死んだ(あるいは父性と共犯関係にある)今の時代にロボットアニメ捕まえて"父殺し"だのエディプスコンプレックスの克服だの流行らんて。今の時代、悲しいかな社会で承認を得て成熟するための通過儀礼は父殺しより異類殺し(大塚英志の人身御供論)なのよ。(ゼロツーが同類と認められたくないから叫竜を倒し続けるという考察はなるほどと思った。彼らにとって異類である叫竜を倒すことはゼロツーにとっての社会的承認でもあるのか)

そして、今の時代にオタクが克服すべきはエディプスコンプレックスよりもピグマリオンコンプレックスの方なのよね。今のオタクが求めてるのは大人と渡り合うための自己の拡張である巨大ロボットよりも、闘争から逃避する自己を無条件で承認し包んでくれるアンドロイド的な女性=アイドル、つまりガンダムよりもラブライブなんだから。