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『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』6話 感想と考察:リオン・ステファノティスは彗星に何を見たか

 

第6話『「どこかの星空の下で」』の感想と考察です。

まずは考察から。

 

  • 『リオン・ステファノティス』

 

母親との別離によって偏った女性観に凝り固まってしまったリオンのインポエムモノローグではじまる原作準拠回。そんな彼が、写本業務を請け負って職場に訪れたヴァイオレットに恋をし、意固地になっていた自分を軟化させて一歩を踏み出すまでの物語。ヘタすりゃ女々しくてダサくなりがちなキャラ設定ですが、浮世離れした壮麗な舞台設定が功を奏してなんとも詩的なエピソードになってます。

図書館のホールに集まる写本課職員とドールたち。色めき立つ男たちとは違い、終始女たちの方を見ようとはしないリオンですが(女嫌いアピールだろうか? 自意識過剰すぎ)、ヴァイオレットの振る舞い、声、美貌に早速心を奪われてしまいます。チョロいです。それもそのはず、憎悪とは期待が裏切られることで生じる感情ですから、愛を侮蔑する彼の態度は、誰よりも愛を希求していることの裏返しなんです。

かつて母を貶めた恋愛の功罪は、まさにステファノティス(マダガスカルジャスミン)の樹液に含まれるアルカロイドが持つ毒性と薬効のように、母親と同じ血が流れる彼の身体を翻弄します。生い立ちや仕事に対する思い。自分と似たところのあるヴァイオレットにますます惹かれ、常に日陰にいた彼の心は日向へと踏み出していきます。それは暗所から光が差す場所へと移動するリオンの行動を、劇中で何度も繰り返し観せることで絵的にも演出されていました。

ヴァイオレットを彗星の観測に誘ったリオンは、自分が経験した寂しさをもとに、彼女に「寂しい」とはどういう感情なのかを教えますが、それは結果的に、彼女のなかに自分が入り込む余地などないことを彼に痛感させます。ヴァイオレットへの問いを通して、置き去りにされた過去の自分を慰めようとしたリオンでしたが、彼の想いはまたしても報われることはありませんでした。

しかし、二百年周期で回帰する彗星を観測できる時代に生き、自分の人生を変えた女と共にそれを眺めるという、奇跡のめぐり合わせに運命を感じた彼の心はそれでも穏やかでした。彼は彗星とオーロラのめぐり逢いのなかに父と母の魂を認め、そこに二人との再会を幻視したのかもしれません。あるいはヴァイオレットが諳んじてみせた、はじめての口述筆記で触れられていた彗星についての記述のように、遠い場所で生き直す二人を想像して救われた気待ちになったのかもしれません。かつて同じ彗星を見上げてその言葉を残した者の想いに触れながら。

この夜の光景を胸に刻んだリオンは、これまでの人生に区切りをつけて、後顧の憂いなく父親と同じ道を歩むことになります。マダガスカルジャスミンは熱帯植物らしいです。低温乾燥の環境では生きていけません。また、この花の花言葉の一つには「二人で遠くへ旅を」というものがあります。彼が孤高の天文台を離れて旅立っていくことは、父親の子として生まれた瞬間から決まっていたのかもしれません。

 

  • ヴァイオレットの覚悟は忠誠心か、愛か

 

個人的にヴァイオレットは嘘がつける子だと思っていたのですが、彼女は今回「わたしは嘘はつけません」とハッキリ口にしていました。その言葉を信じるのなら、どうやら彼女は嘘がつけない人間のようです。

嘘とは心身の自己防衛機能です。真実によって被る心身への被害から逃れるための行為です。優しい嘘なんて言葉もありますが、あれだって他者の苦しみを目の当たりにすることで感じる自身のストレスを無くすためのものです。つまり、嘘をつけないヴァイオレットは自己防衛機能が欠落していると言ってもいいでしょう。少佐のためなら死んでも構わないと言い切る彼女の覚悟もそれを物語っています。凄まじい忠誠心です。まさに「ギルベルトの犬」。

でも、本当にそうでしょうか。なぜなら前回、彼女は自分の職務を放棄するような行動をとっていました。職務規定に反する行為は、ホッジンズ社長の命令に背くことであり、それは社長を後見人として指名したギルベルト少佐の意向に背く行為でもあります。彼女のなかには時に少佐への忠誠を無下にできるほどの、主体性というものが確立されています。少なくとも彼女がこの期に及んで「ギルベルトの犬」であるとは、僕にはとても思えません。

では少佐への忠誠心が彼女の覚悟を喚起させるものでないとしたら、何が彼女にそこまでの強い想いを起こさせるのか。いったい何が彼女を、リオンの母親のように自分の命もかえりみないような「バカ」にさせるのか。

たぶんそれが「愛」とかゆーやつなんじゃねーの? よくしらねーけど。ハナホジー

 

 

  • 感想

 

前回、感動する視聴者の余韻もろとも、一仕事終えてサッパリするヴァイオレットに水を差したディートフリート大佐でしたが、あの後どんな会話が交わされたのかは今回語られることはありませんでした。

しかし、再会したルクリアに気遣われる様子や、自分はドールに相応しい人間なのかとリオンに語る様子や、彼との別れ際の徐々に曇っていく表情から、前回の大佐の言葉を引きずっているヴァイオレットの心情がなんとなく読み取れるようになっています。

道具として人を殺し続けた過去が重くのしかかるヴァイオレットの後ろ暗さは、かえって彼女の感情表現を豊かにさせて、そのキャラクター性に立体的な人間らしさを与えています。その結果、視聴者にとって彼女はより身近な存在に感じられるようになりました。いやあ大佐GJ。

 

ちなみに今回の話、基本的な流れは原作と変わりませんが、ヴァイオレットちゃんがイジワルな大佐からイヤミを言われて落ち込んでしまったために、ラストの彼女の面持ちは180度変わってしまいました。原作ではこの話の前に大佐が絡むようなことはありません。ラストも、ただの少女として自分に接してくれたリオンの言葉に、ヴァイオレットは「嬉しい」という感情を実感して微笑み、二人は再会を夢見て別れるという晴れやかな流れになっています。ヴァイオレットに会いたいならドールの依頼すればいいじゃんなんて野暮なこと思っちゃいけません。

しかし、アニメでは大佐との邂逅が挿話され、ヴァイオレットのメンタルに大きな変化が起こったため、リオンの優しさは彼女にとって辛いものにも感じたことでしょう。ラスト、リオンはヴァイオレットに再会を願う言葉を送りますが、ゴンドラは傾斜のなかに虚しく消えてしまっています。なんとも切ないです。そして極めつけが曇っていく彼女の表情。もしもヴァイオレットがリオンの気持ちに気付いていたのだとしたら、4話で触れていた届かない「愛してる」の痛みも実感していたんでしょうか。

徹底的に原作のラストを反転させる大胆な改変でしたが、これはこれでヴァイオレットの痛みが強調され、また、それでも踏み出すリオンの勇気をも強調させてる気がして僕は好きです。ああ、別にリオンざまあとか思ってませんから。いやいやホントホント。