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『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』5話 感想と考察:若きシャルロッテ・エーベルフレイヤ・ドロッセルの悩み

追記:今回の話は、原作刊行時に収録が見送られてしまったエピソードをまとめた「外伝」(2018年春に発売予定)のなかの一編をアニメ化しているそうです。

 

第5話『「人を結ぶ手紙を書くのか?」』の感想と考察です。

まずは考察から。

 

 

数ヶ月の間にすっかり代筆屋としての仕事が板についた様子のヴァイオレット(14)。社長のお墨付きを得たそんなヴァイオレット(14)の今回の仕事はまさかのラブレター。

かつては敵対勢力にいた王国同士の婚姻。それが幸福なものであると内外に示し、大戦終結の象徴として民衆を感動させ、北側で燻る火種を牽制するための「公開恋文」の代筆。大陸の命運も背負うほどの大役を任されてしまったヴァイオレット(14)は、花嫁であるシャルロッテ姫が住まうドロッセル王国に赴いて彼女の恋文を担当します。(さすがにいきなり過ぎる大仕事だろw と僕も確かに思いました)

視聴者もビックリするくらい詩情豊かなヴァイオレットの恋文に、シャルロッテも思わずキュンとしてしまいますが、密かに結婚相手であるダミアン王子への淡い恋心を秘めていた彼女は、王子の心が一向に見えてこないことに失意を感じ、このまま愛なき結婚を迎えて、育ての母である女官のアルベルタと離れ離れになってしまうことに不安を覚えます。本記事ではそんなシャルロッテの心細さと、いかにして彼女の心が救われたかについて、14才の少女になったつもりで考えていきたいと思います。相手の気持ちになって考えるのは大事です。

ダミアン王子から最初の手紙が届いた際、シャルロッテは顔を紅潮させて寝室に篭ってしまいます。ヴァイオレットは真意が掴めなかったようですが、我が子のように彼女の成長を見守ってきた乳母でもあるアルベルタは、それが悔しさや失意のせいであることに気付いていました。シャルロッテはかつて月下の庭園でたった一度だけ邂逅した王子が、最初の手紙のなかの「月」と「花」という言葉に忍ばせた自分の想いに気付いてくれることを期待していました。しかし、返ってきた手紙の内容にはそんな様子は伺えません。

王子は自分のことなど覚えていなかったのだと、そう思い込んで塞ぐ彼女に、アルベルタは情に流されることなく厳しく当たります。初恋も母の慰めも望めないなら手紙もお前も要らない。そう当たり散らす彼女でしたが、女官としての責務を堅持するアルベルタはその場を離れません。触れて慰めることもできず、ただ見守ることしかできないアルベルタと、独りで涙を枯らすことでしか立ち上がれないシャルロッテ。二人の間隙には決して超えることの許されない「立場」の壁が立ちはだかっています。

王族としての立場はシャルロッテにとっていつも窮屈なものでした。そんな彼女が、何者でもない一人の少女としての自分に向き合ってくれた王子に惹かれるのは必然でしょう。10才の誕生日の宴席で彼女の髪に飾られた白椿と、ティアラを外してただの少女としてヴァイオレットに接する彼女の膝元に置かれた、髪に飾られることのない落ち椿。二つの白椿は「王族」と、王族という公的な立場を脱ぎ去ったただの「少女」という彼女のなかの二面性をそれぞれ表していたのだと思います。また同時に白椿の髪飾りは窮屈さの象徴、白い落ち椿は正直さの象徴でもあるように感じました。

その対応関係がよく表れているのが、ダミアン王子との直筆の手紙のやり取りです。白椿の花言葉は「完全なる美しさ」「申し分のない魅力」「至上の愛らしさ」らしいのですが、彼女は自分のことをその言葉に見合うだけの女性であるとは思っていません。彼女は手紙のなかで自身を「泣き虫で癇癪持ち」と評し、王子の手紙についカッとなって「可愛いくない生意気な」態度を取ってしまいます。国民にとってはまるでドロッセルを象徴する白椿の花が地に落ちるように、それまでの王女のイメージは崩れ落ちて、ありのままの彼女の姿が晒されていきます。まさに公開処刑

また、面白いのはこの図式がダミアン王子のキャラクター性にも適用されていることです。フリューゲルを象徴する国花は赤い薔薇ですが、その花言葉は「愛」「情熱」「熱烈な恋」といったもので、とても自分に自信がない王子の、恋に淡白で及び腰な様子とは結び付きません。ダミアンとシャルロッテは、月下の庭園で出逢ったときから鏡写しの関係でした。二人の手紙の交換は、国を象徴するそれぞれの花には釣り合わないお互いの、本来の人間性を正直に晒して受容していく心の交感でもあったのでしょう。

かくして恋は実り、律儀に求婚するダミアンの想いを受け止め、「幸福な婚姻」は現実のものとなりましたが、シャルロッテにはまだ心残りがありました。アルベルタとの別れです。彼女はもうアルベルタに起こされる「少女」ではなくなっていましたが、それでも未だ"母離れ"は出来ずにいます。お前と離れるのが嫌と最後までアルベルタを求める彼女に対して、アルベルタが返す答えは、白椿を髪に挿すという行為。このシーンを観たとき、僕は正直言って感服しました。

よくある物語ならば、ここでアルベルタがついに母親らしい言葉をシャルロッテに贈ったりするのでしょうが、前述の「髪に飾られた白椿は王族という公的立場にあることの象徴」という解釈のもとにこのシーンを読み取ると、アルベルタに母親を求め、いつまでも"娘"であろうとする彼女を、最後までアルベルタは気持ちを抑えて突き放してるんですよ。だって、これから先、私的な場ではダミアンがシャルロッテの心の拠り所となってくれますが、公的な場では果たしてどうでしょうか。

この婚姻が大戦終結の象徴として意味付けられることはアルベルタもシャルロッテも理解しているでしょう。ならば片一方の国が相手国に従属するようなことは決してあってはならず、両国は常に対等な関係を築いていかなければならないことも分かっているはずです。その責任を果たすためにシャルロッテドロッセルの誇りを、これからたった独りで背負って、あちらの王家や議会と向き合っていかなければなりません。泣いて母を求めるような心根や覚悟では務まらないんです。今まで窮屈に感じていた王族という立場をその身にしっかりと受け止めて、白椿の花言葉に見合うような「完璧な女性」であり続けなければならないと、アルベルタは彼女を諭すつもりで白椿を贈ったのだと僕は思っています。この場面で厳しくなれるアルベルタの覚悟に僕は本気で感銘を受けました。

白椿をシャルロッテの髪に挿すときのアルベルタの表情には、彼女を辛い状況へ毅然と送り出すことしかできない寂しさが伺えます。しかし、それでも確実にアルベルタのなかに存在し、何度も顔を覗かせては押し留めていた親心が最も強く垣間見えたのが、名残惜しそうに引かれる手の繊細な表情です。いくつもの想いを受け取ったシャルロッテはその手を取り、アルベルタの気高さと慈愛の前に跪いて敬服します。思わぬ彼女の行動に心が揺れつつも、大きく首を横に振って自分を保とうとするアルベルタ。

Alberta。ドイツ語で「高貴な光」を原義とする言葉なのだとか。シャルロッテにとってアルベルタは女官であり、母であり、そして規範となる光でした。それを象徴するかのように、多くのカットでアルベルタは窓からの光を浴びて立っています。その光はシャルロッテの胸にもしかと刻まれ、彼女の今後を照らしていくのでしょう。

 

  • ヴァイオレットはどうして笑えたのか

 

今回の話、ヴァイオレットのあまりの成長ぶりについ面食らってしまいそうですが、他者の気持ちを汲み取れるようになるための下地は3話までに整っていましたし、4話では景色に感動できるような情緒が育まれている様子も描かれていました。数ヶ月の時間もあれば、持ち前の学習能力の高さも手伝って"それっぽい手紙"を書けるようになってもおかしくはないのかもしれません。

画面を注視してみれば、何も無かった彼女の部屋には本が積まれ、放置されていた犬のぬいぐるみもきちんと机に飾られています。教養や感性が育っている証拠でしょう。ドロッセルに訪れた際、敬礼しようとしてハッとして手を止めたり、彼女が孤児であることを気遣ったシャルロッテの謝罪にも、前回のように「どうして謝るのか」と問うような真似はしなかったり、常識や配慮といった意識も持てるようなったようです。一応、数ヶ月のあいだに色々あったのだろうと察せられるような描写がチラついてはいるんですよね。まあ、せめてもう1話くらいストーリーで観せてほしかったかなあとは思いますけどね。

そんな彼女ですが、今回はまた大きな変化がありました。自分自身の感情や願望を表現するという点です。これまでの彼女には主体性というものが一切なく、その言動はまるで頑固なロボットのようでした。そんな彼女の行動規範は、第1にギルベルト少佐の命令、第2に少佐の代理人であるホッジンズ社長の命令、第3に社長が経営するC・H社の職務規定という、アシモフロボット三原則のような三段階の規範によって構成されています。

3話では命じられてはいないことを自発的に行うという成長を見せてはいましたが、代筆を放棄するという、前回あんなにもこだわっていた職務規定に背くこの劇的な変化は、彼女のなかに上記の三原則を無効化できるだけの主体性が備わっていることの証なのでしょう。前回のような融通の利かないヴァイオレットのままだったら、社の職務規定を放棄するためには社長の許可が絶対に必要となったでしょうし、社長の意に反する行為は彼女にとって少佐への背反を意味していたはずですから。

彼女のなかには、自分がそうしたいからそうする。と思えるほど確固たる「自分」というものが大分築き上げられてきたのだと思います。それを表に出すことを許したのは、王族という立場を一時的に捨てて、ありのままの姿を見せたシャルロッテの行動と言葉でしょう。シャルロッテの涙を止めたいと自ら願い、社の意向を無視して自主的な行動に打って出たヴァイオレットは、道具でもなく、人形でもなく、そのとき間違いなく一人の人間でした。

 

 

  • 感想

 

ストーリーや舞台、画面のゴージャスさなど、なんかもうこれで映画一本作れそうなくらい濃いエピソードで、二人の代筆をヴァイオレットとカトレアが担当していたとなると、ある意味これは高度なカトレア×ヴァイオレット回なのではないかと思ってしまうなか、画面の外で後輩に先を越されるエリカ様の嫉妬と憎悪の情念がふつふつと煮えたぎる回でした。そんな昼ドラ展開、来い。

 

前述の白椿の演出といい、シャルロッテの心を写すように、窓辺の花瓶に生けられていた心細い一輪の白椿が、王子との文通によって赤い薔薇に変わり、恋が育まれるたびにその数が増えていく様子といい、これでもかと画面を飾る花の使い方が印象的な回でした。そりゃ『聲の形』の恋と鯉のダジャレもインサートされますよ。と思ったら山田尚子コンテ回だった。鯉はあれか。押井守バセットハウンドとか、ジョン・ウーの白ハト的なアレになっていくのか。

いやでも今回は兎にも角にもラストのアルベルタとシャルロッテの芝居作画ですよ。凄まじいです。ここに至るまでの心情の積み重ねももちろんあるでしょうが、絵と息遣いだけでここまで感情を表現できるのかと驚かされました。台詞がほとんどないので読み取りにくくはあるんですが、かえって台詞が無い方がこちらが想像するキャラクターの内面が反射されて、観てる側の胸を打ったりするんですよね。何度観てもガチ泣きですよ、あのシークエンス。

アルベルタが寂しそうな表情で白椿を贈る瞬間(個人的にアルベルタの"厳しさ"が最も胸に迫るシーン)に『みちしるべ』の「優しさで編み続けた」のフレーズが音量上がって被さるのとかヤベーってマジで。可愛い話だなーと油断してたら見事にやられましたね。3話も凄かったけど、いやいやホント参った。

 

アルベルタ役の小山茉美の演技がまた素晴らしいです。アルベルタが持つ気高さや厳粛さや優しさがその気品ある声のなかで絶妙に表現されていて、アルベルタというキャラクターの立体感を演出してる。生かしてる。ラストシーンで「ダミアン様の元へ嫁ぎたい」と口にするシャルロッテに返す「はい」の声音と、「国を離れるのは嫌」と弱音を吐くシャルロッテに返す「はい」の硬く厳しい声音の違いで心情を伝える声技だけでも強く印象に残ります。

シャルロッテ役の中島愛が魅せた、物語が進んで次第に大人びていくシャルロッテの声音の変化や、ヴァイオレット役の石川由依の感情を帯びた最後の台詞も良かった。回想シーンのダミアン役の津田健次郎の甘いイケボももちろん良かった。なるほど、あの声で頭ぽんぽんすればいいのかφ(。_。)メモメモ…

はぁ……オレも人生で一度は言ってみてーわ。

 

 

「今宵、月下の庭園で待つ」デュフ