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人生には物語とROCKが必要だ。

『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』2話 感想と考察:エリカ・ブラウンという女

 

第2話『「戻って来ない」』の感想と考察です。

まずは考察から。

 

  • 『エリカ・ブラウン』

 

今回の話は「自動手記人形(オート・メモリーズ・ドール)」の見習いとして働き始めたヴァイオレットの失敗談を通して、代筆屋の業務内容と、彼女の周囲で働く者たちの人間模様、そして何よりアニメオリジナルキャラクターであるエリカ・ブラウンという一人のドールの、コンプレックスと自己回復が丹念に描かれていた回でした。

本記事では彼女のその心の揺れ動きについて、深く、そして野暮ったく掘り下げていきたいと思います。引っ込み思案な地味っ子の心の鎧をひんむいて丸裸にしてやるのは、嗜虐心をそそられとてもゾクゾクします。引かないでください。悪趣味は百も承知です。

彼女がコンプレックスを感じているのは、その地味な見た目と同じように事務的でつまらない文章しか書けない、自分自身の味気なさに対してですが(我ながらヒドい言い方だな)、それを彼女が強く自覚せざるを得ないのは、クラブ・ホッジンズにおいてNo.1の指名数を誇る、カトレア・ボードレールという華がいつもそばに咲いているせいです。

客の信頼も厚く、確かな実績もあり、面倒見も良いカトレアは、たとえ立ち上げて日の浅い職場の仲間とはいっても、明らかに自分とは「全然違う」。落ち着いた色気のあるカトレアとは違って、自分はちょっと紹介されるだけで萎縮してしまうし、一見の女性客に手本通りのカーテシーを見せても、噂に聞く人物ではないとすぐに察せられてしまう。そんな周囲の何気ない態度の奥にある"比較"の視線に、彼女は何度もさらされてきたのでしょう。

もしかすると彼女の着ている服装は、そのような視線で自分が傷つけられるのを防ぐ"鎧"の役目も果たしているのかもしれません。どういうことかというと、改めて彼女のファッションチェックをしてみましょう。どうですか?  見事にカトレアのセックスアピールとは真逆の要素ばかりです。胸元を必要以上に覆うひざ丈のドレスに、ローヒールのショートブーツ。幼い印象になりがちな前髪ぱっつんのボブカット。そして最も問題なのが、目が悪いわけでもないのにしてる丸い伊達メガネです。

彼女はメガネを外しても、タイプするヴァイオレットの手元も、ガラス越しの本の表紙も見えています。画的に「隠された本音」を演出するためだけでないならこのメガネ、そばかすを隠すためでも、オシャレのためにしているわけでもなく、わざと地味な印象になるためにしてるんじゃないですかね。そばかすを隠したいなら化粧をすればいいです。依頼にきた派手目の女性が赤っ鼻を化粧で誤魔化していたように。(ちなみにあの女性、微妙に野良仕事でくたびれたような手をしてるので、案外農村育ちで無理して着飾っていたのかもしれません) それにあの女性が来客した際、身嗜みを気にしながらもわざわざ外していた伊達メガネをかけ直す行動には、どうにも妙なチグハグさを感じてしまうんですよね。

では何故そんな、わざと地味な印象を演出するようなマネをするのかというと、例えば背伸びしてハイヒールを履くアイリスのように、スタイルが被るとあからさまにカトレアとの差が露呈してしまいます。なので、比較されることを避けてカトレアのスタイルとは全く方向性が異なる服装を、彼女は普段から意識的にでも無意識的にでも選んでしまうのではないでしょうか。そんな彼女の自意識過剰さは、夕立のなかヴァイオレットから、自分はこの仕事に向いていないのかと問われたときの態度にも伺えます。(あのときの赤面したエリカのムッとした表情、とても細かくてイイです。そしてかわいい)

逆張りのセンスは相手をどうしたって意識してることの証拠です。決定的な差を見せつけられるくらいなら、はじめから同じ土俵に立たなければいい。比較対象でないなら他者の視線も恐れる必要はありません。彼女が纏っているものは、そんな重々しい自己防衛の重ね着なのかもしれません。単なる差別化と、キャラクターイメージの反映の結果だろうというもっともなツッコミはとりあえずナシの方向でお願いします。

彼女の口元の小さなホクロ。あの微かな色気は、彼女が心の奥に仕舞いつつも捨てられない"大人としての女性性"を象徴しているようにも見えます。それはカトレアを前にするとやはり胸の奥から湧き上がり、チクチクと彼女のコンプレックスを刺激します。しかし、ヴァイオレットとの出会いが、女としての自尊心も仕事への情熱も失いかけていたそんな彼女を変えました。

雨に濡れて肌が透けるヴァイオレットの「愛が知りたい」という言葉は、まるで着飾ることのない純粋な祈りです。そこに忘れかけていたかつての自分の想いを重ねたエリカは、纏っていた心の鎧もコンプレックスも捨て去って、その想いの大切さにのみ光を当てます。仕事帰り、本屋を後にする彼女の歩みは、まるで心の重しが取り払われたかのようにとても軽やかでした。時計塔の針が、自分に夢を与えてくれた本の表紙と同じ時刻をさしたように、彼女のなかにかつての夢が思い出されます。その夜はさぞかしベネディクトとあの配達員のおっさんの腐った妄想が捗ったことでしょう。

 

  • ヴァイオレットは「うらはら」をおぼえた!

 

エリカの自己回復の影に隠れてしまいがちですが、ヴァイオレットの確かな成長を忘れてはいけません。彼女は自分を擁護するエリカに対し、それって裏腹じゃね?と指摘します。何気ないシーンですが、よくよく考えるとヴァイオレットはエリカの裏腹な気持ちを理解して、その気持ちに「裏腹」という言葉を当ててるんですよ。「理解不能です」ではなく。

ここで、前回の考察記事のなかで述べていた彼女が抱える問題に照らして、この発言に至るまでの彼女の心の経緯を考えるとこうなります。

1:カトレアから「裏腹」という言葉と、その意味を教わる。2:自分は少佐の言葉の意味を知るために、この仕事が今の自分に必要だとエリカに伝えるが、この仕事に自分が不適格であることも理解している。それは「裏腹」と呼ばれるものだ。3:エリカは自分がこの仕事に向かないと分かっているのに、この仕事に自分が必要であると社長に直談判した。それは自分のなかの「裏腹」と同一の言動だ。

言葉を知り、自分を知り、相手を知る。なんか思いのほか上手いことハマった感じがして、あながち的はずれでもなかったんじゃないかと、ちょっと驚いてます。よし、この彼女の心の発達モデルを「ヴァイオレットに必要な心の発達段階」略して「ヴァ心段」と呼ぶことにしよう。なんかカッコイイ……(六花感)

 

 

  • 感想

 

ギスギスした女の職場コワイ……とはじめは思ったけど、周囲の人間模様が見ていて楽しいし、最後は晴れやかな感じで締まってとても視聴後感?のいい回でした。お仕事アニメとしての掴みもバッチリです。

 

エリカはコンプから脱し、ヴァイオレットはヴァイオレット改として強化されました。そんな二人の「脱衣」と「着せ替え」は「衣装」という言葉で繋がり、今回の話のなかでの衣装を用いた映像文法がいかに印象的であったかを僕に意識させます。

前回は「手の芝居」が印象的でした。もしかすると各話で表現のテーマのようなものがあるのかもしれません。それを探してみるのも楽しいかもしれませんね。

 

ED主題歌である茅原実里の『みちしるべ』が劇中歌として流れました。知ってる。これ、夕方5時になったら役所が流すやつ。「ボカロっぽい」と言われがちな彼女の歌唱(貶してるワケじゃないです!)はヴァイオレットの機械的な振る舞いとマッチして結構ハマってるんじゃないかと思ってます。難しい表現を用いない簡素な言葉で紡ぐ歌詞もヴァイオレットのイメージにぴったりな感じがしますね。

 

来週はヴァイオレットがドールの育成講座を受講する話になりそうで、オリジナルの展開が続きます。原作既読組も未読組も等しく楽しめるクリエイティブ精神とサービス精神に溢れた構成に期待も高まります。何やら先行上映組も興奮しきりなようで。