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『キノの旅 -the Beautiful World- the Animated Series』4話 感想と考察:塔の一族の真の目的

シズの旅:第4話『船の国』の感想と考察です。

今回は、

アバンと本編:『船の国  – On the Beach・a –』

Cパート:『渚にて 旅の始まりと終わり – On the Beach・b –』

という構成でした。

 

 

まずは考察から。

  

  • シズの正義はなぜ民衆に届かなかったのか

 

善意がいつだってありがたく受け止めてもらえるとは限りません。何をもって善とするかは相対的なものでしかないからです。劣悪な環境、質素な食事、短命の不幸といった評価は、あくまで外の世界を知るよそ者の主観に過ぎません。

外の世界を知らないからこそ、「船の国」に住む彼らは不満を抱くことなくこの暮らしを続けていられたのです。井戸の中で生まれたカエルが海を知らずに死んだとしても、カエルにとってそれは幸福でも不幸でもありません。いきなり外の世界に放り出されても、彼らにとっては迷惑以外の何物でもないでしょう。

そのうえ長老以下、この国の民衆は塔の一族に頼りきりのために思考能力を失い、リスクを見て見ぬふりして、自分たちにとって都合の悪い事実は認めようとしない正常性バイアスと呼ばれる心理傾向に陥っています。

シズの最大の誤りは、自身の価値基準に寄りすぎたあまり、彼らの愚鈍と怠惰を見過ごしてしまったことです。結局、シズが警告してもこの国の民衆は日常の終焉よりも、日常の変化を恐れて船に戻ります。さすがにシズもお手上げです。その篤実で潔癖な生来の正義感が報われることはありませんでした。

父親のせいで母親が自殺したり、復讐のために青春を無駄にしたり、ガキ相手に舐めプして二度も負かされたり、頑張ったのに善意の押し付けガーありがた迷惑ガー言われたり、作者のシズいじめがヒドすぎませんかね……。

 

  • しかも助けようとした幼女になぜか殺されかけるし

 

両親に捨てられ、民衆から疎まれるティーにとって、目をかけてくれた塔の一族は親代わりのような存在であり、この世界に絶望しないための唯一の拠り所であったはずです。しかしシズに国を任せて一族はおそらく消失してしまったので、もう船の国にティーの居場所はありません。

またティーはこの船の民衆とは違って外の世界を希求しています。シズとともに(船の運命も暗示してるような)斜陽を眺める様子にその一端がうかがえます。もしかすると自分を置いていった両親のことを想っていたのかもしれません。どんな人間であろうと、この年頃の子どもにとって親という存在はやはり特別なものです。

親代わりであった一族を失い、新たな拠り所として親愛しはじめたシズに突き放され、外の世界への可能性まで断たれたティーの静かな激情を、あのナイフの切っ先に認めるのはさほど難しいことではないでしょう。

ちなみに今回のCパートのタイトルや英題はそのまんま、ネビル・シュートの小説『渚にて(原題:On the Beach)』の引用ですね。ティーがシズとの出会いを通して経験した希望と絶望は、この作品に登場する人物たちの運命と重なるものがあります。

 

  • 船は母

 

サザエさんの話じゃないです。

個人的に今回の話には母性の暗示が、いくつかの箇所に見て取ることができるんですよ。

それが最も象徴的だったのが、シズのコートを打つ雨の音をティーが気に入るシーンでした。雨音にはヒーリング効果があると言われています。胎児の頃に聞いていた母胎を伝う心音や血流音に酷似するために安心感をおぼえやすいのだとか。

また、船から出てきた男の子は「ぜんぜん揺れないよ。気持ち悪いよ」と言っていました。船の生活に身体が順応しすぎてしまったが故の発言でしょうが、揺れは赤ん坊に安らぎを与えます。まるでこの国が巨大な揺りかごのように思えてきます。

あと、さすがにこれは自分でもこじつけが過ぎるようにも思うんですが、船の破損箇所が143という細かい数字であったこと。

英語圏では"I Love You"を意味するナンバースラングとして"143"が使われています。(いつからかは知りませんが)それぞれの数字は三つの単語の文字数を意味しています。143ヶ所の綻びによって民衆を外の世界へ逃がそうとした船に、我が子の独り立ちを望む母親の愛情のようなものを重ねてしまうのは考えすぎでしょうか。

「親離れ」は今回の物語における最大のテーマなのかもしれません。そう考えると、塔の一族の立ち位置というのも変わって見えてきます。僕はしばらくの間、塔の一族は民衆に対して強権的なだけだと思っていました。しかし今はその横暴な振る舞いも、ティーを遣わせたのも、すべてはシズが純粋な使命感で民衆を導いてくれるような人物たり得るか、見定めるためのものだったのではないかと思っています。

民衆の「親離れ」は失敗しましたが、ティーはシズという新たな拠り所を得て新たな世界へと踏み出し、少しだけ成長できたように思えます。シズもティーという守るべき未来への責任を背負ったことで、本当の意味で過去と訣別できたのではないでしょうか。母性を象徴するようなこの国の影が二人から引き剥がされていく様子には、そんな意味が込められているような気もしました。

 

 

  • 感想

 

薄幸の幼女という設定に弱いです。

ところでティーはどうして手榴弾とナイフを持っていったんでしょう。シズたちに加勢するためとも、元々隙を見てシズを殺すためだったとも思えません。ずっと引っかかっていたんですけど、公式サイトのキャラページ見たらひと言、「手榴弾が好き。」と書かれていました。好きならしょうがないね。

キノさんが相変わらずで安心しました。そしてあの変わり身の早さ、流石です。

 

そういえば、夕日のシーンや3話冒頭のシーンを観てて思ったんですけど、今回のアニメ化では陰鬱な色彩設定や演出が濃かった前作とは真逆に、積極的に世界の瑞々しさを魅せていく方向に舵を切ってそうですね。前作の雰囲気も好きなんですが今回のこの方向性によって、キノたちが旅を志向する絵的な説得力は増したような気がします。

 

ちなみに今作で『キノ』の世界に初めて触れた方たちのなかには、キノがラストにシズやティーを助けたことに違和感をおぼえたという人もいるのではないでしょうか?「キノって自分の利益にならないことにはドライで、不干渉主義で善人てワケでもないんだろ? なんかブレブレじゃね?」、みたいな。

ネタバレになるので控えますが、このあたりの疑問は後々の回で一応の説明はつくんですよ。そのあたりの解釈は、その回の感想で語りたいと思います。

 

そして今回の話で最大の謎とも言えるキノの「死ぬほど驚くかもね」の真意ですが、すでに説得力のある考察がいくつか挙がってるようで、僕もそれらの解釈にはとても納得がいきました。

ただ、そんななかでも僕が支持したいのはキノ不老説というトンデモな説です。これについての解釈も、語ろうとするとネタバレは避けられないので後々の回の感想で語りたいと思っています。(もったいつけ)